インド洋海域の熱水噴出域のみで生息が確認されている巻貝「ウロコフネタマガイ」。体表には硫化鉄の鱗を持ち、10万種を超える現生巻貝で唯一鱗を持つものです。
現在知られている生物の中で外骨格に硫化鉱物を保有しているものは他にはいません。
そんなウロコフネタマガイは2001年に初めてのその姿が確認され、鱗の様子から「スケーリーフット」と呼ばれています。
また、その生息域の小ささ、特異的な生息環境、固体群間の交流の少なさ、そして海底資源開発による生息環境の懸念により、2019年に絶滅危惧種に指定されました。
今回は魅力的な硫化鉄の鱗を持つスケーリーフットのお話をしていきたいと思います。
1.硫化鉄を持たないスケーリーフット
スケーリーフットが初めて確認されたのは、モーリシャス共和国の東南東に位置するKaireiフィールド。ここは深度2420~2450 m位置する熱水噴出孔であり、2000年に日本海洋研究開発機構(JAMSTEC)の無人深海探査艇「かいこう」によって発見されました。
摂氏360度にも達する高温の熱水が噴き出す環境下、ここで発見されたスケーリーフットは全て全身が硫化鉄の鱗で覆われています。
しかし、2009年、このKaireiフィールドよりも北に位置するSolitaireフィールドにて、硫化鉄に覆われていない白いスケーリーフットが確認されたのです。
Kaireiフィールドのスケーリーフットは、鱗の外部だけではなく、内側にも硫化鉄をナノ粒子として持っていますが、Solitaireフィールドのスケーリーフットは硫化鉄を全く持っていません。
ただ、どちらのスケーリーフットも遺伝的な差は全く無いのです。
このことを利用して硫化鉄のナノ粒子はどのようにして生じているのかを確かめる研究が開始されました。
2.硫化鉄の生成
まず、高空間分解能二次イオン顕微鏡により、鱗内外の硫化鉄に含まれる硫黄の同位体分析が行われました。硫黄は軽い³²Sと重たい³⁴Sが存在しており、この2つの割合を調べることで熱水活動によって生じた硫化鉄なのか、生物の代謝によるものなのかを見極めることができます。
もし、生物の代謝によるものであれば、³²Sが濃縮されます。観察の結果、δ³⁴Sの値が低いことから生物学的作用を経て、硫化鉄が鱗に蓄積されているということがわかりました。
また、Kaireiフィールド由来の硫化鉄の分布と形状を解析したところ、鱗の表面から内部にかけて硫化鉄の粒径が減少していくということ、鱗表面に付着した硫化鉄は細菌由来のものであるということがわかりました。さらには分泌されたばかりの鱗には硫黄は含まれていましたが、鉄が含まれていなかったということも。
そして、Kaireiフィールドに生息するスケーリーフットのの鱗を最新鋭の電子顕微鏡で観察した結果、硫化鉄ナノ粒子が鱗の成長線に沿って配列しており、鱗を成長させるための硫化物に富んだ通路を形成していることが明らかとなったのです。
ここで、硫化鉄を持たないSolitaireフィールドのスケーリーフットの鱗をKaireiフィールドに静置し、電子顕微鏡での観察を行いました。
鱗を13日静置した結果、鱗の表面には硫化鉄をまとった細菌が付着してており、鱗の内部にも硫化鉄イオンが浸透し硫化鉄結晶が見られました。
しかし、Kaireiフィールドのスケーリーフットの鱗が持つ硫化鉄の結晶とは全く異なるものだったのです。このことから鉄イオンは海水より鱗に取り込まれ、スケーリーフット由来の言おうと反応すること、そして、正常な硫化鉄ナノ粒子の形成には生きた状態である必要があるということがわかりました。
スケーリーフットは鱗内部に硫黄を供給し、その硫黄が海水由来の鉄と反応することで鱗を形成しているのです。
3.さいごに
スケーリーフットが生み出す硫化鉄には半導体である黄鉄鉱や磁性を持つグリグ鉱が含まれています。
これらを人工的に生成するためには高温が必要となりますが、スケーリーフットは10℃~20℃の環境下で生成しています。
スケーリーフットが硫化鉱物を作り出すメカニズムを解明し、模倣することができれば、このような機能性無機材料製造への応用が期待されるのです。
2020年4月8日にはスケーリーフットの全ゲノム解読に成功したという研究も発表されており、今後更なる研究が期待されます。
本当に楽しみですね。現在、新江ノ島水族館でその標本を見ることができますので、ぜひ、見に行ってみてはいかがでしょうか。⇩
https://www.enosui.com/animalsentry.php?eid=00011
<参考資料>
JAMSTEC プレスリリース
『スケーリーフットが身にまとう硫化鉄の生成機構を解明』
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190910/
『スケーリーフットが絶滅危惧種に認定』
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190723/
『スケーリーフットの全ゲノム解読に成功』
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20200408/
ウロコフネタマガイ-Wikipedia